野生動物学教室

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アメリカ出張2007

坪田敏男

期 間:2007年2月25日~3月3日(6泊7日)
訪問先:サンディエゴ動物園希少種繁殖センター(CRES)Dr. Barbara Durrant
   ミネソタ大学猛禽類センター(TRC)Dr. Patric Redig
日 程:2月25日 名古屋中部→成田→ロサンジェルス→サンディエゴ
   2月26日 サンディエゴ滞在
   2月27日 サンディエゴ→ミネアポリス/セントポール
   2月28日 ミネアポリス/セントポール滞在
   3月 1日 ミネアポリス/セントポール滞在
   3月 2日 ミネアポリス/セントポール→成田
   3月 3日 成田→名古屋中部

 

2月25日

朝のジョギングを終え支度を整えて出発。昨日まで札幌に出張していたので何となく忙しない出発となった。バス、電車を乗り継いで中部国際空港へ。あまり時間がなくゲート近くのコーヒーショップでサンドイッチを頬張る。とりあえず成田まで行き、そこでノースウェスト航空14便に乗り換える。いざアメリカへ出発。3人列の真ん中の席で動きが取りにくい。未だ準備が整っていないセミナーの準備をする。隣の女性(アジア系)は何故かしくしくと泣いている。何か事情があって悲しいのだろうけど、こちらは関わりあいたくないのでとくに気にせずパソコンを操作する。そのうち隣の女性も眠りにつく。9時間のフライトの後、ロサンジェルスに着く。ここで大きな落とし穴に落ちることになる。ユナイテッド航空に乗り継いでサンディエゴまで行く予定なのだが、ユナイテッド航空のチェックインが全然進まないようで、長い列がほぼ停止した状態である。一人10分から15分もかけてチェックインをしている。受付の女性はキーボードを叩くより電話で話している方が長い。1時間たってもほとんど列が進まない。しびれを切らした客がユナイテッドの従業員を捕まえてどうなっているのかと詰め寄るが、どうにも要領を得ない。どうやらチェックインのコンピューターに不備があってチェックインが思うようにできないらしい。2時間経っても10人も進まない。これでは予定の便に乗れそうにない。国際線に乗る予定の客が入れ替わり立ち替わり従業員に詰め寄るがどうにもならない。とくに説明があるわけでなく、客に詫びを入れるでもなく、ただのろのろと事が進むのを見ているだけである。久しぶりにアメリカらしさを垣間みることができた。やはりここはアメリカであり、相変わらずのアメリカである。乗り継ぐはずだったUA6162便が出発して30分後くらい経って、ようやく私のチェックインの順番が回って来た。とくに詫びの一言もなく、夜の8時10分の便なら予約ができて、12時29分発の便のキャンセル待ちができる旨告げられた。しかたがないので、12時29分発の便のカウンターに行く。しばらく時間があるので、昼飯を腹に詰め、時間を待つことにする。荷物は無事に先にサンディエゴに運ばれたのか、Dr. Durrantは心配して待っているのか、などいろいろと思案が巡るが、どうすることもできない。すると、アナウンスで私の名前が呼ばれた。カウンターに行くと、サンディエゴから電話が入っていると言う。電話の主は前にDr. Durrantに紹介されたポスドクのトムであった。「今どうしているのか?これからの予定はどうか?」といったことを尋ねられた。夜の便の予約は取ったけど、もしかしたら昼過ぎの便に乗れるかもしれない旨をトムに告げた。彼はすぐに合点してくれ、こちらも一安心した。結局ガラガラの12時29分の便に乗ることができ、無事サンディエゴに着くことができた。空港出口でトムが「Dr. Tsubota」という紙を持って待っていてくれた。以前にあったトムとは別人かと思ったが、後ほど、ひげをばっさり剃ったことを知った。

 

トムの車でそのままサンディエゴ動物園へ行き、パンダの施設でトレーニングされた出産2頭目のパンダを見せてもらった。その間もその後も、トムといろいろとクマの研究のことを話した。現在、トムはDr. Durrant研究室のポスドクで5年間のクマの繁殖に関するプロジェクトを任されているということである。多くの成果が上がっているようで、これからそれらをペーパーにしていくということである。

夕方になり、トムに今晩泊るホテルに送ってもらい、しばしの休息を取った後、夕飯のレストランに向かった。Dr. Durrantをはじめ研究室の研究員やポスドク、さらに奥さんなど6人でタイ料理を楽しんだ。夜9時頃にお開きとなり、ホテルに戻った。明日の予定を約束してDr. Durrantと分かれた。長い長い1日が終わった。

 

2月26日

8時半にDr. Durrantの迎えを受け、すぐに希少種繁殖センターに向かう。私が知っているCRESは古いもので、新しく建てられたCRESを見るのは初めてである。それはたいそう立派な研究施設で、以前のものとは比べるべくもなく世界で最も進んだ野生動物の研究施設といって過言ではないほどのものであった。現在、Dr. Durrantが繁殖生理と内分泌の研究室を管理しているのだという。ここの売り物のFrozen Zooと書かれた実験室には液体窒素タンクが10ほど並べてあり、常時液体窒素が補給されるしくみになっている。午前中、これらの施設をすべて見せてもらった。

何人かの研究者の紹介も受け、昼前には生態学と行動学の研究者(SusanとRob)と母親グマの子の世話行動に関する共同研究の打合せを行った。SusanとRobは、現在世界中のクマ8種のこれらの研究プロジェクトを進めている。そこで、アジアクロクマについてそのような研究ができる場所を探しているらしい。阿仁クマ牧場なら可能ではないかという提案をし、可能であれば共同研究をしたいという申し出を受けた。今度の冬眠時期にビデオをセットし、彼らの行動を記録したいという。大きな問題はないと思われるが、牧場とも相談しなければならないし、具体的に研究計画を立てなくてはいけない。ぜひ実現させたいものである。

午後は、隣接するWild Animal Parkの動物病院を見学させてもらう。CRESもすごい施設であるが、この動物病院がさらにすばらしい施設である。日本の動物園ではちょっと考えられないくらい充実した施設と規模である。さらに輪をかけてすごいと思ったのは、ほとんど動物臭がしないことである。職場環境を良好に保たなければならないという規則に基づくものであろうが、あそこまで完璧に行うのはたいしたものである。なんでも毎週末には一般に開放された見学ツアーが催されるそうで、毎回満員状態というのもうなずける話である。こんな施設で働ける獣医師は幸せだろうと思う。残念ながら以前に会ったことのあるDr. Zubaに再会することはできなかったけれど、またの来訪のチャンスを期したいものである。15時からは私のセミナーが予定されていた。15名程の研究者が集まってくれ、日本のクマの生態と繁殖に関するセミナーを行った。予想以上の質問をもらい、私としても充実したセミナーとなった。その後、少し研究の話をしてCRESを後にした。夜はまたDr. Durrant主催の夕食会を開いてくれた。おいしいメキシコ料理とマルガリータに酔いながら、歓談を楽しんだ。夜8時に皆と別れ、Dr. Durrantに空港近くのホテルまで送ってもらった。道中お互いの家庭や両親の話などをしながら日本とアメリカの違いなどについて語り合った。アメリカ人とこうしてさりげない話ができることを嬉しく思う。

 

 

2月27日

朝一番の飛行機でミネアポリスに向かう。最近のアメリカ航空会社も経営が厳しいのか、食事が出ないばかりかアルコールはすべて有料というサービスに変わってしまった。かつてアメリカ旅行を散々した時にはこれでもかというくらい食事が出てきてアルコールも飲み放題だったのを知る身としては隔世の感である。午後にはミネアポリスに到着し、そのままホテルに向かう。久しぶりのHoliday Innということで期待していたのだが、このHoliday Innは全然大したことなく、ただ部屋がだだっ広いだけであった。レストランも充実しておらず、しかたがないので近くにあるショッピングモールに出かけることにする。一通り見て回ったが、大しておもしろくもなく遅い昼食をとってホテルに戻る。空は雪模様、気温は0℃くらいで全体的にどんよりとした雰囲気である。

 

2月28日

朝8時半にボランティアリーダーの迎えを受けて、TRCに向かう。ミシシッピ川を横目にセントポールからミネアポリスに車を走らせる。この辺りでワシタカを見ることができると話をしてくれた。30分ほどでTRCに着いた。早速Dr. Patrick Redigが笑顔で迎えてくれた。まずクリニックが始まっているので、それを見学させていただく。中心になってクリニックを行っているのはレジデントのルイスという男である。彼は中米から猛禽類のクリニック修得のために来ているという。検査や簡単な治療を次から次へと取り仕切っているのはテクニシャンたちであり、その指示にしたがって鳥を保定しているのはすべてボランティアの方々である。多くは年配の女性で、子育てが一段落したくらいの方々が多いようである。触診、血液検査、レントゲン検査は日常的な業務で、麻酔もごく当たり前のようにかけている。すべてイソフルランによる吸入麻酔である。そうこうしているうちにフライト訓練をするから外へ行こうと誘われる。雪は積もっているけど、それほど大した深さではないので、革靴で後をついていった。アカオノスリのフライト訓練は、ひもを足輪につけて運動場で飛翔させるというものである。この鳥はそれを8回繰り返した。ほぼ正常に飛んでくれてボランティアのおばさんたちも満足そうである。ただ、彼女たちに、どのような経歴でフライト訓練に至ったのか尋ねてもそれは知らないということであった。徹底した分業体制が整っていることの現れでもあることを知った。

 


 

午後もクリニックの続きと施設を見学させていただいた。さすがに入院している猛禽類の数は多く、入院室だけでも相当な数が用意されていた。基本的には、野生復帰に向けて段階的な入院と訓練を行うというプログラムが組まれている。ただし、中には野生復帰不可能な鳥も存在した。それは、教育プログラムに使われる鳥たちである。すなわち、人間に慣らされた鳥を学校などに連れて行き、猛禽類についての知識を普及啓発するのに活用されている。残念ながら今回は教育プログラムを見学することができなかったが、年間約1,000件の依頼を受けているという。夕方まで見学をして、17時頃ホテルに入った。

 

3月1日

前日から吹雪の予想がされていた通り、雪が降り強い風が吹いている。午前中は昨日に続きいくつかの症例のクリニックを見せていただいた。昼前にDr. RedigからTRCの概要の説明をしていただく。昼食をDr. Patrickといっしょに大学のカフェテリアで取って引き続き研究やクリニックの話をする。午後はカンムリワシの前足の骨折の修復手術を見せてもらった。いわゆるピンニングの手術でレントゲン写真をみながら丁寧にピンを骨髄内に通していた。それが終わる頃、Dr. Redigがもうホテルに帰った方がいいと告げに来てくれた。吹雪のため午後から大学が閉鎖されたのだという。こんなことは30年働いているけど3回目のことだということであった。飛んだ日にTRCに来たものだと冷やかされながら、最後の挨拶を交わしてTRCを後にした。

 

 

3月2日

フライトは午後であったけど、サンディエゴでの体験もあったので、なるべく早めに空港に行った。予定通り午後1時に成田に向けたNW19便は雪の舞うミネアポリス空港を離陸した。

今回の研修旅行はCRESとTRCというアメリカを代表する野生動物関連の研究および診療施設を見せていただき大きな刺激となった。何といっても日本にも同じような世界的拠点として機能する野生動物関連施設を設置することが第1の目標となった。そのためにやるべきことは山積しており、これまで以上に頑張らないといけないと意を新たにしているところである。機会があれば日本の若い研究者にもこのような施設をみてもらい大きな刺激を受けてほしいと願う。今回世話になった2人の研究者とは今後も協力していくことを約束して別れた。この関係をうまく使って日本の野生動物医学研究をさらに発展させていきたいと思う。

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